福岡高等裁判所 昭和29年(ラ)102号 決定 1955年2月11日
抗告人 株式会社北洋商会
相手方 柴田貞
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告人の抗告理由は末尾に添付の即時抗告状<省略>及び昭和二十九年十二月二日付の抗告人の準備書面<省略>の通りである。
よつて按ずるに抗告人は昭和二十六年五月三十日付抵当権設定契約に基き申立外高井ミイ所有の別紙目録<省略>記載の不動産に対し同年五月三十一日付抵当権設定登記を為し次で右抵当権に基き昭和二十九年九月十八日福岡地方裁判所久留米支部に対し競売法による競売の申立を為し同裁判所は同年九月二十日競売手続開始決定を為し右決定は同月二十三日債権者株式会社北洋商会に、同月二十五日債務者兼不動産の所有者たる申立外高井ミイに各送達されたこと。然るに相手方柴田貞は右抵当権設定登記の為された昭和二十六年五月三十一日より一年前の昭和二十五年四月三日申立外高井ミイとの間に於ける同年三月三十日付売買予約による所有権移転保全の仮登記を為して居り競売開始決定後競落許可決定前の昭和二十九年十月四日所有権移転の本登記を為し次で同年十一月八日同裁判所に対し競売開始決定に対する異議の申立を為したところ同裁判所は同年十一月十五日競売開始決定を取消し抗告人の本件不動産競売申立を却下する旨の決定を為したことは記録編綴の各登記簿謄本其他一件記録に徴し明白である。
(一) 而して抵当不動産に対する競売開始決定前既に所有権取得の仮登記を為した場合に於ては、競売開始決定後に其の本登記を為すことは決して新に不動産の処分を為すものではないから仮登記権利者は有効に其の本登記を為し得べくその本登記ありたるときは右仮登記に後れた順位の他のすべての登記はその仮登記につき為された本登記に後れた順位を有することとなり本登記当時に於てその物権と牴触する他の物権はこれに対し対抗し得ないものであることは疑問の余地がない。蓋し然らざれば仮登記によつて生ずる順位保全の効力は競売手続開始決定により全然消滅するという不合理を来すからである。
(二) 本件に於て柴田貞は前認定の通り本件競売開始決定前の昭和二十五年三月三十日競売の目的不動産につき前所有者高井ミイとの間に於ける売買予約に基き同年四月三日所有権移転の仮登記を為し其後昭和二十九年十月四日所有権取得の本登記を為したものであり抗告人は右仮登記後本登記前の昭和二十六年五月三十日付抵当権設定契約に基き翌五月三十一日その登記を為したものであるからその抵当権を以て相手方柴田貞に対抗し得ないものである。
(三) 而して民訴第六百五十三条は競売開始決定後「予め知るに於ては手続の開始決定を妨ぐべき事実が登記官吏の通知により顕わるるときは裁判所はその事情により直ちに手続を取消すべき旨」規定しているが抵当権を以て競売不動産の現在の所有者に対抗出来ない以上競落は勿論これを許すべきものでなく、既に競落を許すべきでない以上競売手続の進行も許すべきものではないから裁判所が競売手続の進行を妨ぐべき事実を知り得たときは、たとえ登記官吏の通知以外の方法によつてこれを知り得た場合に於ても、またその事実が競売開始決定後に生じた場合でも苟もその事実にして競売手続の進行を妨ぐべきものである限り同条掲記の場合と別異の取扱を為すべき何等の合理的な理由はないからこの場合にも同条を準用して競売開始決定を取消さなければならない。(なお民訴第六百五十三条が登記官吏の通知により顕るるときは云々と言つているのは民訴第六百五十一条及び第六百五十二条所定の手続を執る間に競売手続の続行を妨ぐべき事実が顕れ易いからに外ならないのであつて六百五十三条による取消決定を此の場合に限定する趣旨ではないことは、競売手続の実行を妨ぐべき事実あるに拘らずその手続を進めることが法の趣旨ではないことから見ても明らかである。)
(四) 更に、不動産競売開始決定に対しては不服ある利害関係人は民訴第五百四十九条により第三者異議の訴を提起し得るのみならず民訴第五百四十四条の規定に依り異議の申立を為し得べくその利害関係人とは、競売法第二十七条第三項に列記せられた者を指称すること明らかであるが(大審院昭和三年(ク)第八一八号事件決定等)本件に於て相手方柴田貞は前認定の通り本件抵当権設定登記前に所有権取得の仮登記を為し競売開始決定後競落許可決定確定前に本登記を為したものであるから少くとも競売法第二十七条第三項第三号の「登記簿に登記したる不動産上の権利者」に該当する利害関係人であると解すべく、従つて前説示の如く民訴第五百四十四条により競売開始決定に対し異議の申立を為しこれが取消を求め得ると解するを相当とする。
右の通り原審は民訴第六百五十三条により職権を以て或は相手方の第五百四十四条の異議の申立により競売開始決定を取消すべきであつたのだから原審がこれを取消したのは正当であつて何等違法の点はない。
(五) 従つて抗告人の抗告理由中競売開始決定に対しては請求異議又は第三者異議の訴により取消しを求むべきであつて異議申立を許すべきではないとの点、及び仮りに異議申立が出来るとしても相手方は債務者でもなくまた競売申立当時の不動産の所有者でもなく競売手続上は当事者に非ざる、単なる第三者であるから競売開始決定に対し異議申立を為すべき権利がないとの点は以上説示するところによりいづれも理由なきこと明らかである。
(六) 更に抗告人は登記簿の記載のみによつては果して真実の本登記が為されたか否かを知ることが出来ないのみでなく相手方の所有権取得の本登記は仮装行為であると主張するけれどもその援用にかかる疏甲第三号証の二を以ては未だその仮装行為たることを認め難く他にこれを認めるに足るべき資料はない。而して反証なき以上登記簿に本登記の記載あることによつて真実の本登記が為されたものと推認することは何等違法ではないから此の点に関する抗告人の主張も失当である。
(七) また、抗告人は原決定は係争当事者の主張立証を俟たずして単に相手方の異議申立のみによつて為された違法があると主張するけれども相手方の異議申立書に登記簿謄本が添付されている事実より見ても原決定が登記簿謄本の記載によつて取消決定を為したことは充分に推断され得るのみならず当審に於て抗告人の主張とその援用する疏明資料其他一件記録を精査した結果によるも本件競売開始決定はこれを取消すべきものと判定されるから、これを取消した原決定は正当であつて抗告人の右主張は採用し難い。
以上の通り抗告人の本件抗告理由は、すべて失当であつて、原決定には何等違法の点はないから本件抗告はこれを棄却すべきものとし主文の通り決定する。
(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)